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人格は体験者 魂は観察者
いつもながら… 前回の記事からずいぶん時間が空いてしまいました この間にもたくさんの気づきがありました そして、ふと感じたことのシェアを… 昨日、ただ、ただぼんやりと空を見上げて 雲が流れていくのを眺めながら、なんとも言えない心の静かさを感じて。 その時ふと思ったの 人生を生きている自分とは別に、ずっと見守っている自分がいるんだよねぇ…、と。 私たちは普段、目の前で起きる出来事を体験している。 嬉しいことがあれば喜び 悲しいことがあれば泣き 腹が立つことがあれば怒る それは ヒトである限り とても自然なこと 人格は目の前の出来事に反応する 魂は、その奥で何が起きているのかを静かに見ている だから言葉として表現するなら 人格は、あらゆる出来事の体験者 魂はデータ収集する観察者 という言葉がしっくりする 特に私は、人間を、自分も含め深く、深く、観察・研究してるらしい(笑) 人格は歓び、怒り、哀しみ、愉しむ… 魂は学び、見守り、成長を見届ける 例えば、泣いている自分がいるのに、 どこか冷静な自分もいる。 怒っているのに、 「私は何に反応してい

美羽~miu~
6月17日読了時間: 3分
ツインレイが止まる理由
ツインレイのプロセス(と言われるもの)が止まるとき そこには ある共通点があります それは 向き合っている“つもり”で 内側が止まっているから 苦しい つらい 考えている だから 向き合っていると思っている でも実際には 意識はずっと 外側に向いたまま 相手がどう思っているのか なぜ連絡が来ないのか どうすれば戻ってくるのか その答えを ずっと探し続けているから そしてもうひとつ 止まる大きな理由があります 気づいているのに 選ばないこと 本当はもう わかっている この執着が苦しさを生んでいること 追いかけても変わらないこと 相手をどうにかしようとしても進まないこと 外側ではなく内側を見る段階に来ていること それでも 選ばない なぜなら とても…怖いから。 手放したら終わってしまう気がする 相手を失う気がする 繋がりが消えてしまう気がする‥ たとえば もう連絡が来ないかもしれない もう会えないかもしれない このまま忘れられてしまうかもしれない ここまで続いてきた意味が なかったことになる気がする ここまで頑張ってきた自分が 無駄だったように感じて

美羽~miu~
4月8日読了時間: 4分
向き合えている人と、向き合えていない人の決定的な違い
向き合っているつもりなのに なぜか 現実が変わらない それは 努力が足りないからでも 能力がないからでもない 何度もお伝えしてきたことですが ここがいちばん大切だからこそ 何度でも伝えていきたいのです 現実は 外側を変えたから動くのではなく 自分の内側が変わったときに 自然と変わっていくもの 相手を変えようとするほど 現実をどうにかしようとするほど なぜか 思うようにいかなくなるのは 変える場所が そこではないから 愛される現実は 外側を整えて手に入れるものではなく 自分の内側の在り方が変わったときに 結果として現れるもの ではなぜ 変わらないままでいるのか それは 見ている場所が違うから 向き合えている人は 自分の内側で起きていることを そのまま見ている 苦しさの理由を 外側に置かない あの人がこうだから 環境がこうだから タイミングがこうだから そうやって 理由を外に置かない 代わりに そのとき、そのときの 自分の中で何が起きているのかを 見ている ・怖さ ・不安 ・執着 ・期待 それらを 良い・悪いで処理するのではなく その感情に気づきなが

美羽~miu~
4月8日読了時間: 5分
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