向き合えている人と、向き合えていない人の決定的な違い
- 美羽~miu~

- 6 時間前
- 読了時間: 5分
向き合っているつもりなのに
なぜか
現実が変わらない
それは
努力が足りないからでも
能力がないからでもない
何度もお伝えしてきたことですが
ここがいちばん大切だからこそ
何度でも伝えていきたいのです
現実は
外側を変えたから動くのではなく
自分の内側が変わったときに
自然と変わっていくもの
相手を変えようとするほど
現実をどうにかしようとするほど
なぜか
思うようにいかなくなるのは
変える場所が
そこではないから
愛される現実は
外側を整えて手に入れるものではなく
自分の内側の在り方が変わったときに
結果として現れるもの
ではなぜ
変わらないままでいるのか
それは
見ている場所が違うから
向き合えている人は
自分の内側で起きていることを
そのまま見ている
苦しさの理由を
外側に置かない
あの人がこうだから
環境がこうだから
タイミングがこうだから
そうやって
理由を外に置かない
代わりに
そのとき、そのときの
自分の中で何が起きているのかを
見ている
・怖さ
・不安
・執着
・期待
それらを
良い・悪いで処理するのではなく
その感情に気づきながら
いま
自分は何を感じているのかを
少し引いたところから見ている
わたしたちは
感情があるからこそ
その感情に
飲み込まれてしまう構造を持っている
だからこそ
俯瞰しようとしたときに
ズレが起きやすい
それは…
感じないようにすること
苦しさを感じないようにする
不安を見ないようにする
執着をなかったことにする
これは
俯瞰ではなく
ただ心を閉じている状態…
俯瞰とは
感情を消すことではなく
感じている自分に気づきながら
その状態をそのまま見ていること
「いま不安を感じている」
「いま執着している」
そうやって
感情に巻き込まれすぎずに
同時に、その感情をちゃんと感じている
そして
俯瞰している人は
ただ見ているだけでもなくて
その感情の奥にあるものを
自然に見ている
・なぜ不安なのか
・何を失うことが怖いのか
・どこに執着しているのか
表に出ている感情の
その奥にある反応に気づいている
だからこそ
気づき選び直すことができる
たとえば
不安になったとき…
その不安を消そうとしたり
誰かや状況のせいにするのではなく
不安になるたびに
安心できる言葉を求めてしまうこともある
大丈夫だと言ってほしい
うまくいくと言ってほしい
間違っていないと安心したい
求める言葉を言われると
そのときは
少し楽になったように感じるし
安心感を得ることもできる
でも
それを繰り返している限り
同じ不安は
何度でも戻ってくるの
なぜなら
不安そのものには
触れていないから。
外側から与えられる言葉で
一時的に整えても
内側にある反応は
そのまま残っている
だから
また同じ場面で
同じように揺れてしまう。
これは
占いだけではなく
スピリチュアルな世界でも
同じことが起きている
誰かに整えてもらうことを繰り返す
その瞬間は軽くなる
整ったように感じる
でも
自分の内側にある反応に
触れていなければ
何度も同じ場所に戻ってしまう
さらに
耳が痛いかもしれないけれど
ツインレイという概念においても
同じことが起きやすい
この人だから特別
この人とだからうまくいくはず
この関係には意味があるはず
こうなったのは意味があるはず
ランナーだから
チェイサーだから
サイレントだから……
そうやって
立ち上がる“現実”や “関係性”に意味を持たせることで
自分の内側にある感情を
見なくて済むようになる
本当は
その苦しさも
その執着も
その不安も
すべてが
自分の内側で起きている反応なのに
それを
相手や関係性の問題にしてしまう
でもそれは
弱いからでも
間違っているからでもなく
ただ
向き合う場所が
外側にズレているだけ…
そしてここで
もうひとつ大切なことを。
よく言われるのが
『気づいたら、ブロックは外れる」
という言葉
たしかに
浅い層のブロックであれば
気づくだけで
外れていくこともある
でも
本当に深いところにあるものは
自分では
気づくことすらできない
なぜならそれは
気づかないことで
ずっと自分自身を守ってきたものだから。
そう。
ずっと。
そして
ブロックは
外せば終わりではなく
そこには
そのブロックがあったことで
傷ついてきた自分が必ずいる
我慢してきた自分
押し込めてきた感情
見ないようにしてきた痛み
痛みを感じないように
悲しみを感じないように
見えぬ鎧をまとっているのが
わたしたち。
マインドブロックは
外れたから終わりではなく
気づかれずにいたままの
自分としてずっと残っている
だからこそ
本当に必要なのは
ブロックを外すことではなく
その奥にいる自分に気づき
手を差し伸べていくこと
癒しとは
何かを変えることではなく
そこにいた自分を
そのまま迎えにいくこと
そしてもうひとつ
決定的な違いがある
向き合えている人は
気づいたときに
選び直している
ここがとても重要
向き合うとは
完璧になることでも
すべてを理解することでもなく
不安に気づいたときに
そのままで終わらせないこと
同じ反応を繰り返すのか
それとも
少し違う選択をするのか。。
ほんの少しでいい
自分を守るための選択ではなく
自分を大切にする選択をすること
それが
選び直すということ
一方で
向き合えていない人は
気づいていても
選ばない
分かっているのに
そのままにする
その積み重ねが
現実を変えないままにする‥
違いは
ほんのわずか
でもその差は
時間とともに
確実に開いていくのです……
向き合うとは
気づいて終わりではなく
気づいたあとに
選び直すことだけでもなく
その奥にある
傷ついてきた自分に気づき
見ないようにしてきた感情に
触れながら
その自分を
そのまま癒していくことまで含めてが
向き合い。
選び直しと癒しが
重なったとき
現実は
静かに変わり始める
安心を外に求めるほど
同じ場所を回り続ける
本当に変わるときは
内側に触れたとき
そこにいた
自分を迎えたとき
世界は静かに反転する

