すべてが在るなら…自由意思とは?
- 美羽~miu~

- 2 時間前
- 読了時間: 3分
前回
「願い」について書きました
願ったから未来が生まれるのではなく
未来と呼んでいるものも含めて
すべてがすでに存在しているから
願いが生まれるのだとしたら…
そんなことを書きました
そして
そこからもう少し深く見ていくと
私たちが当たり前だと思っている
「出来事のつながり」
そのものも少し異なってきます
私たちは
願ったから
叶った
行動したから
現実が動いた
あの人と出逢ったから
人生が変わった
そんなふうに
「これがあったからこうなった」
と出来事を捉えています
けれど
願うことも
選ぶことも
行動することも
そして
その先で起こることも
すべてがすでに在るのだとしたら
「これをしたからこうなった」
と思っていたものも
本当は
別々の出来事ではないのかもしれません
日めくりカレンダーを思い浮かべると
少しわかりやすいかもしれません
私たちは
今日という一枚を体験し
また一枚
そしてまた一枚と
順番にめくりながら
人生を未来に向けて体験しているように感じています
だから
今日これをしたから
明日こうなった
あのときこれを選んだから
その先でこの出来事が起きた
そんなふうに
一枚前のページが
次のページをつくったように見えます
でも
日めくりカレンダーそのものは
今日のページも
明日と呼んでいるページも
その先のページも
一冊としてすでに在ります
願い
選択
行動
そして実現
私たちには
それぞれが順番に起きているように見えているけれど
本当は
≪ひとつとしてすでに在るもの≫
なのかもしれません
そして
わたしが以前からどこか違和感を感じていた
「自分で未来を選んでいる」
ということも、別の視点から見えてきます
パラレルシフトという考え方では
未来の可能性は無数にあり
その中から
自分の自由意志によってひとつの未来を選ぶ
そして
そのタイムラインへ移動する
そんなふうにも言われています
確かに
私たちから見れば
そう見えるのかもしれません
何かを選び
その先で出来事が起きる
だから
「私がこれを選んだからこの未来になった」
そう感じます
でも
何を選ぶのかも
どこで迷うのかも
「こちらにしよう」
と思うことも
実際にそれを選ぶことも
その選択によって何を体験するのかも
すべてがすでに在るのだとしたら
「自分で選んだ」
ということさえ
大きな全体の中に含まれていることになります
だとしたら
無数にある未来の中から
自由意志によってひとつを選び
その未来をつくった
というより
選んだことも
その先で起きたことも
本当は別々のものではなく
ひとつとして在るのかもしれません
だからといって
選ぶことに意味がない
ということではありません
私たちは
本当に迷い
本当に考え
そして
「私はこれを選ぶ」
と決めています
その選択を
自分の人生として本当に体験しています
ただ
自由に選んでいるように見える
その選択さえも
すでに在る全体の中に含まれているのだとしたら…
自由意志とは
いったい何なのでしょう
私たちは
自分の意志で選んでいる
だから
自由意志があるように見える
けれど
その
「自分で選んでいる」
という体験さえも
≪すでに在るもののひとつ≫ なのだとしたら
自由意志が
ある?
それとも
ない?
もしかしたら
その二つだけでは
捉えられないものなのかもしれません


