すべてはシナリオ⑦
- 美羽~miu~

- 13 分前
- 読了時間: 3分
すべての領域を見ている【本当のわたし】が
最後にはホログラムの外側にいるのでしょうか…
でも
そもそも【本当のわたし】とは何を指しているの?
魂なのか
ハイアーセルフなのか
真我なのか
それとも根源と呼ばれるものなのか…
わたしの中では
【ハイアーセルフ】と【宇宙根源】は同じものではありません
ハイアーセルフは
わたしに何かを【伝えてくる】存在
そこにはまだ
伝えるものと受け取るもの
という二元性が生まれています
でも、わたしにとって【根源】は
何かを伝えてくる存在ではないのです
ハイアーセルフも
魂も
わたしもこの世界も
【すべて根源の中に在る】
では
その根源が【本当のわたし】なのかしら?
わたし自身はもともと、最後には
究極の「わたし」がいる、という感覚よりも
【そもそも「わたし」なんてない】
という、そんな感覚を持っています
少し前に、とても不思議な体験をしました
そのとき…
目に映し出された
この世界を作り上げている粒子が
さらさらと
まるで砂の城が崩れていくように
ひとつひとつ消えていきました
その感覚は
これまで何度も体験してきた【ワンネス】とは
まったく性質の異なるものでした
わたしにとってワンネスとは
【総てとの一体感】
世界は在る
総ても在る
ただその境界がなくなり
わたしが溶け
すべてが溶け
そこに在る意識は【愛のみ】
でも
あのときは違いました
総てとの境界がなくなったのではなく
【世界そのものが消えていった】
そして
世界が消れたあとに
それを見ている「わたし」としての意識が
残っていたわけでもありませんでした
世界を体験しているわたしもいない
それを見ているわたしもいない
すべてを俯瞰している【本当のわたし】さえ
そこにはいませんでした
ただ、ただ、
【無】
そこには
恐れも
歓び
ワンネスで感じる
【愛】
さえも
なかったのです
けれど
不思議なことに、恐ろしいわけでもなく
言葉にするなら
【非・恐怖の安堵感】
そして安堵感から
それを良しと安心している「わたし」がいたわけでもないのです
わたし、という意識そのものが無いのです
だから
「わたしは無を体験した」
というのも少し異なるのです
「無」を体験した、と言えば
そこには無を体験している「わたし」が
存在していたことになるから…
そして
【無こそが本当のわたしだった】
ともわたしには言えません
あの体験が
真我なのか
無我なのか
根源なのか
わかりません
それらはすべて
今ここにいるわたしが
あの体験を理解するために
あとからつけた言葉です
あのときには
あの状態を名づける「わたし」さえいなかった
だから今でも思うのです
【あのときわたしは…どこにいたんだろう(笑)】
もしかすると
「本当のわたし」というものさえ
今ここにいるわたしが
この世界の中からつけている『概念』なのかもしれません

世界が消えた
そして
「わたし」も消えた
在るのは「状態」のみ
その答えは
今もわからないのです


