top of page

Blog
「委ねる」から「委ねる者も、委ねる先もない」へ
スピリチュアルの世界では 「宇宙に委ねる」 「流れに任せる」 「サレンダーする」 そんな言葉をよく耳にしますね でも 「すべてがすでに在る」 というところまで見ていったとき 「委ねる」という意味さえ 捉え違えていたことに気づきました… 「宇宙に委ねる」 そう言ったとき そこには 委ねる「私」と 委ねる先である「宇宙」があります 私と宇宙 私と大きな流れ 私と人生 そこにはまだ 「私」と「私ではないもの」 という分離があります そしてもうひとつ 私たちは時々 「手放せばうまくいく」 「執着を手放せば願いが叶う」 「委ねれば流れに乗れる」 そんなふうにも言われます でも 「委ねる」ことによって 望む結果へ辿り着こうとしているのだとしたら それはもしかすると サレンダーという形をした もうひとつのコントロールなのかもしれません 願うことも 握ることも 手放そうとすることも どうしても手放せないことも 委ねようとすることも 委ねられず何度も抵抗することも そして あるときふっと力が抜けることも そのすべてが 壮大なひとつのストーリーとして すでに在るのだ

美羽~miu~
2 時間前読了時間: 3分
人生は、自作自演…?
前回 「自由意志」について書きました そのことをさらに深く見ていったとき 以前から感じていた 人生は「自作自演」という言葉が 今までとはまったく違う深さで腑に落ちました… 以前のわたしは この世界に来る前に 自分である程度人生を設定してきて でも この世界に生まれたときにはそれをすっかり忘れてしまう そんなふうに捉えていました 自分で設定したことなのに 何も知らないわたし達は 目の前で起きる出来事に驚き 悩み 傷つき 「どうしてこんなことが起きるのだろう」 と思いながら その体験を通して何かに気づいていく だから 人生は自作自演なのかもしれない そんな感覚でした でも今回 「すべてがすでに在る」 というところまで見ていったとき その捉え方も もう少し深いところへ変わっていきました 「自分で設定してきた」ということさえ超えて 願うことも 迷うことも 選ぶことも 誰かと出逢うことも 傷つくことも 癒すことも 何かに気づくことも そして 「これは私が選んだ」 と思うことさえ そのすべてを含んだ 壮大なひとつのストーリーがすでに在る そんなふうに感じたの

美羽~miu~
3 時間前読了時間: 3分


願いは叶えるもの…?
願いが叶ったとき 「願っていたから叶った」 「引き寄せたから現実になった」 そう思うことがありませんか? 逆に どれほど願っても 叶わなかったものもあったのではないでしょうか? 引き寄せの法則では 願いを放ち その願いと同じ波動になれば 現実が引き寄せられる 逆に引き寄せることができないのは その波動になっていないため… そんなふうに言われています そしてパラレルという考え方では 未来の可能性は無数にあり その中から望む未来を選ぶ 自分の波動が変わればタイムラインが変わる そんなふうにも言われています どちらも 今ここにいる自分が これからの未来に働きかける という見方です でも もし その「未来を選ぶ自分」さえも 初めから在るのだとしたら… 何を願うのか 何を選ぶのか どこで迷うのか 誰と出逢うのか 何を手放すのか そして その先で何を体験するのか そのすべてが初めから在るのだとしたら… 願いの意味は まったく別の角度から見えてきます 願ったから その未来を引き寄せたのではなく ≪未来と呼んでいるものも含めて すべてがすでに在るから願いが生まれ

美羽~miu~
4 時間前読了時間: 5分
ライオンズゲートと、魂のタイミング
8月8日。 ライオンズゲート。 毎年この時期になると 「覚醒」 「能力開花」 「宇宙からのメッセージ」 そんな言葉をたくさん目にしますね わたしも エネルギーは確かに強く降り注いでいると感じています だから この時期を大切にすることも とても素敵なことだと思っています でも 本当に大切なのは もしかしたら 別のところにあるのかもしれません ・・・ カレンダーが変わったから 扉が開くのではなく 自分の準備が整った時 同じ扉が開くこともあります 8月8日だから 覚醒するのではなく 魂の準備が整った時 人はしずかに目醒めていくものでもあります ライオンズゲートは そのきっかけになる人もいれば 静かに種を育てる時間になる人もいる どちらも 大切な時間です ・・・ 人生を振り返ると 「あの日だったから変われた」 そう思う出来事があるでしょう でも 本当は その日まで積み重ねてきた日々があったからこそ その瞬間を迎えられたのかもしれません ・・・ 宇宙には エネルギーが大きく動く流れがあります でも 魂にも その人だけのタイミングがあります どちらか一つでは

美羽~miu~
8月7日読了時間: 2分
本当に欲しかったもの。
能力を開花させたい 覚醒したい ツインレイと結ばれたい 豊かになりたい 人は いろいろなものを求めながら生きています でも 本当に欲しかったものは その結果だったのでしょうか 能力を開花させたかったのは 能力そのものが欲しかったから? 覚醒したかったのは 覚醒そのものが欲しかったから? ツインレイと結ばれたかったのは 彼が欲しかったから? 豊かになりたかったのは お金が欲しかったから? ・・・ もし その願いが叶ったら そこで終わるのでしょうか それとも また次の願いが生まれるのでしょうか ・・・ もし その結果が 一生手に入らなかったとしても… あなたは 自分を愛せますか…? ・・・ ……無理。 そう感じたなら なぜでしょう 何が怖いの? 何を失うと思ったの? 何を守ろうとしていたの? その結果がなければ 本当に失ってしまうものは 何なのでしょう? ・・・ 問いは 残ります すぐに消える問いもあれば 何年も残る問いもあります そして ある日 ふと 涙がこぼれる瞬間があります 「あぁ… 私が欲しかったのは これだったんだ」 見つけたもの 気づいた

美羽~miu~
8月7日読了時間: 2分


事実と意味は異なる― ホログラムという幻想世界から見えてきたこと ―
事象・事実と意味の違いとは 世界がホログラムだと視せられてから、探求を続けています。(笑) そして、これまで神々から何度も伝えられてきた言葉… 「起こる事象に意味を持たせてはなりませぬ」 が、少し違う意味で腑に落ちました… 以前のわたしは 「出来事に意味はない」 ということだと思っていました でも、もしかすると伝えたかったのは 「意味を持たせなさいますな」 ではなく 「意味と事実を混同しなさいますな」 ということだったのかもしれません 人は出来事に意味を見いだす生きものです… 思い通りにならなかったこと。 病気。 大切な人との別れ。 私たちは自然と問い始めます 「これは何のため?」 「何を学ぶため?」 「魂の課題?」 「宇宙からのメッセージ?」 そうやって意味を見いだすことで 苦しみの中に希望を見つけ 前へ進む力を得ることもあります だから、意味を見いだすこと自体が悪いとは思いません 例えば、ツインレイ。 彼から連絡が来ない。 会えない。 別れた。 これらは、ただ起きた「事実」です でも、その出来事に 「サイレント期間だから」 「魂の統合前だから

美羽~miu~
7月10日読了時間: 4分
bottom of page
