事実と意味は異なる― ホログラムという幻想世界から見えてきたこと ―
- 美羽~miu~

- 1 日前
- 読了時間: 4分
事象・事実と意味の違いとは
世界がホログラムだと視せられてから、探求を続けています。(笑)
そして、これまで神々から何度も伝えられてきた言葉…
「起こる事象に意味を持たせてはなりませぬ」
が、少し違う意味で腑に落ちました…
以前のわたしは
「出来事に意味はない」
ということだと思っていました
でも、もしかすると伝えたかったのは
「意味を持たせなさいますな」
ではなく
「意味と事実を混同しなさいますな」
ということだったのかもしれません
人は出来事に意味を見いだす生きものです…
思い通りにならなかったこと。
病気。
大切な人との別れ。
私たちは自然と問い始めます
「これは何のため?」
「何を学ぶため?」
「魂の課題?」
「宇宙からのメッセージ?」
そうやって意味を見いだすことで
苦しみの中に希望を見つけ
前へ進む力を得ることもあります
だから、意味を見いだすこと自体が悪いとは思いません
例えば、ツインレイ。
彼から連絡が来ない。
会えない。
別れた。
これらは、ただ起きた「事実」です
でも、その出来事に
「サイレント期間だから」
「魂の統合前だから」
「宇宙が試しているから」
そんな意味を見いだすことがあります
その解釈に救われることもあるでしょう
前を向く力になることもあるでしょう
でも、それは本当に宇宙が伝えた真実なのでしょうか…?
それとも
「わたしたちが」その出来事に見いだした一つの意味なのでしょうか
もし世界がホログラムだとしたら。
出来事は、ただ起きて現れているだけ
病気になった。
パートナーと別れた。
仕事を失った。
彼から連絡が来なくなった。
それは、ただ起きた事実。
そこに意味を見いだすのは
人として、とても自然なことですが
その意味を「宇宙の真実」だと思い始めた瞬間
わたしたちは事実ではなく
自分の人生ではなく、自分が見いだした意味を生き始めてしまうのかもしれません
意味は、ときに人を支え、
人生を前へ進める力にもなります
ただ
起きた事象・事実と、そこからの意味付けは異なります
そして ツインレイの件に関して前に進みたいのならば。 意味づけにこだわるのではなく
まずは第一に起きた事象を認め、受け入れることが何よりも大切
彼から連絡が来ない。
それは事実。
でも
「サイレント期間だから。」
「魂の統合前だから。」
「宇宙が試しているから。」
そう意味を見いだした瞬間
私たちの意識は
事実から意味へ移っていきます。
そして魂から外れていく… 統合を目指しているようで
分離を歩みだす
その意味を生きる前に
事実によって湧きあがった感情に触れてみる。。
「連絡が来なくて悲しかった。」
「寂しかった。」
「苦しかった。」
その体験は
誰かが教えてくれた意味ではありません
あなた自身が、今この瞬間に体験している感情であり真実です
その事実に触れることのほうが
誰かが与えた意味を生きるより
よっぽど、自分を生きているのです
自分を生きている、ということは
すでにこの時点で、魂と繋がっている、ということです
もう、自身に仮面は必要ないのです
変わるのは世界ではありません
変わるのは
世界を「真実」だと捉えていた自分自身。
そして、もう一つ。
もし、その意味が宇宙から与えられたものではないとしたら。
わたしたちは、いったい何を「わたし」と呼んでいるのでしょうね…?😌
これまで真実だと思っていた世界は
少しずつ姿を変え始めます
セッションでは
表面に出ている問題ではなく その奥で繰り返されている反応に
ひとつずつ触れながら 外に預けていた力を
自分の内側へ還していくサポートをしています
必要な人にだけ 届けばそれでいいと思っています

もし今
わかっているのに動けない
気づいているのに変えられない
そんな状態にいるとしたら
それは
意志が弱いのではなく
ひとりでは触れにくい層に
触れようとしているだけかもしれません



