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ウェディングブーケ

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愛されながら、愛されたいと思っていた




これは少し番外編のようなお話。

愛されていなかったのではなく、

愛の中にいながら、受け取れなかった頃のわたしの記録 *笑*

記憶を手繰ると、彼に対して こんなにも歪んでいたのか💦と…

あまりにも彼に依存した幼すぎる当時の精いっぱいの愛…

…こんな時もありました🤭


そして、根底では レムリアの封印 が強く影響を及ぼしていたことも…





ふと思い出したこと。


二人で横になるとき

彼はわたしの腰を優しく抱いて

そっと腰の下にクッションを敷いてくれる。

それはずっと変わらないのだけど。。


その仕草はとても自然で

あまりにも自然すぎて

あの頃のわたしは

そこにあるわたしへの優しさを素直に受け取ることができなかった。


むしろ、最初に立ち上がったのは


「こんなふうに自然にできるなんて…

他の人にもしてるんじゃないか」


という疑惑の思いだった


いるかいないかも分からない。

何かを見たわけでもない。


確かめれば、彼は「いない」と言い続ける

それなのに

わたしの中ではもう

いる前提の アラさがしが始まり

いる前提の 思考が立ち上がり

見えない誰かの存在に怯えていた。


彼の眼差しにも態度にも

ちゃんと愛が溢れていたのに。



あの頃のわたしは

そのまなざしさえも

まっすぐ自分事のように受け取ることができなかった。


「こんなふうに見つめる人なら

きっと他の人にも 同じ顔を見せているのだろう」


そうやってまた

心の中で見えない誰かを立ち上げていた。



彼によく言われていた言葉が


「まーた、ひとり勝手に想像して……勝手に答え出してる!」


そのときは

だって不安なんだもん

と 少し悲しくなったり

この不安を分かってもらえないような気がしたりもしたけれど、


今なら、その言葉の意味がよくわかる。



わたしは何度も

現実の彼よりも、自分の中で 結果ありきなストーリー を作っていた


まだ起きてもいないことを想像して

その想像をまるで事実のように受け取って

そしてその“自分で作った答え”に

自分で傷ついていた。


本当は、

彼は何もしていなかった(笑)


ただ、わたしが勝手に

見えない誰かをつくり出して

勝手に比較して

勝手に苦しくなっていただけだった。


でもその奥にあったのは

ただの疑いではなくて



わたしは、

わたしだけを愛してほしかった。


他の誰かより上でいたい、ということではなくて。


ただ、

彼のその眼差しが

その優しさが

そのぬくもりが


わたしだけに向けられたものであってほしかった。


わたしだけを見ていてほしかった。

わたしだけを愛していてほしかった。


それだけだったのだと思う。



彼のあの愛おしむ眼差しを受けたとき……

瞬間的にわたしは思っていた。


「わたしも、こんなふうに愛されてみたい」と。



この時点ですでに、わたしは

そのまなざしはわたしではなく、ほかの誰かにも見せている‥!と

勝手に解釈していた(笑)


もう、ツッコミどころ満載過ぎて、

あの頃のわたしーーー!!と叫びたい(笑)



でも今ならわかる。


本当はあの瞬間、

もうすでにわたしは

そんなふうに愛されていた


あの眼差しは

ほかの誰かのものではなく

ちゃんとわたしに向けられていたもの


なのに当時のわたしは

それを受け取るより先に


「いつか、こんなふうに愛されたい」


と、

まだ “ 手に入っていないもの ” として見てしまっていた。



いま・ここ にある愛よりも

まだ届いていない愛として。


すでに差し出されていたものよりも

まだ足りないものとして。


だからわたしは…

愛されながらも

愛されたいとずっと願っていた。


愛を受け取りながらも

受け取れていないと思っていた。




彼は多くを語る人ではなくて。



今ならわかるけど

彼は、口で説明する代わりに

ずっと態度で愛を示し続けている


触れ方。

間の取り方。

何気ない気遣い。

そして、わたしを愛おしむ眼差し。


彼はちゃんと

わたしを見てくれている


ただ身体に触れていたのではなく

ただ一緒に時間を過ごしていたのでもなく

その瞬間その瞬間に

ちゃんと 『わたし』 を見てくれている



それなのにわたしは

そんな穏やかな愛よりも

もっと分かりやすく

もっと確実で

もっと目に見える愛ばかりを求めていた


不安だから言葉にしてほしい。

愛してるとはっきり示してほしい。

安心できる証拠がほしい。

失うことないと約束してほしい。


彼に愛されれば幸せになれる

彼と一緒にいれば満たされる

この不安は彼が癒してくれる……


そんなふうに、


もっと、

もっと…、

もっと……、


と…

“今すぐ 不足を埋めてくれる愛”ばかりを

追いかけていた




でもそれは

きっと、わがままだったのではなくて


ただそれほどまでに

傷つくのが怖かった

信じて失うことが怖かった

もし違ったときに…自分が壊れてしまうのが怖かった


愛を受け取ったあとに、

失ってしまう、という恐怖。


だから先に

彼を疑ってしまう。

違うよ、と言ってほしくて。


彼の本心より先に

自分で答えを出してしまう。

自分を守るために。



そうやってわたしは

愛の中にいながら

愛を見失っていた。



でも…

その愛を失う怖さもまた

愛が足りなかったからではなくて


ただわたしの中に

失ってしまう恐れが不安となり

ただ、

彼の愛の中で

ひとりで勝手に恐れて

その世界を立ち上げていただけ



そして今は

あの頃のように

見えない誰かをつくり出して 自分で自分を傷つけることはない


何かを新しく手に入れたというよりも

ただ

すでに差し出されているものを

受け取ってもいいと 思えるようになった


関係がどうこう、というよりも

わたしの中の在り方が変わった


それだけで

見えるものも

感じるものも

少しずつ変わる



そして

あの頃の彼の想いを

痛いほどに素直に受け取れるようになった

わたしがいる



もし今あなたが、


「愛されていなかったのかもしれない」

「大切にされていなかったのかもしれない」


そう感じているのだとしたら

少しだけ立ち止まり


その人は本当に何も渡していなかったのか?


それともあなたが


“受け取れる形の愛しか、愛だと認識できなかった”


だけなのか。



そしてその奥に

わたしのように


わたしだけを愛してほしい。

わたしだけを見ていてほしい。


そんな…なによりも切実な願いが

どこかに隠れていないかしら


愛は

受け取る余白がないとき

わたしたちは

愛よりも恐れへ一気に傾き

愛を見失ってしまうから…




もし

受け取れない理由を 深く見つめ

変わりたい、と感じたとき。

自分の内側に還っていくサポートも行っています


必要なタイミングで。


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天と地とわたし達生きとし生けるものが

共に豊かに栄えゆく​此ノ花の光在る地上の楽園

©️ 2022   宙のひかり

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